京都地方裁判所 昭和57年(行ウ)9号 判決 1984年8月02日
京都市上京区上立売六軒町西入ル上ル柏清盛町九九一番地八
原告
脇田満彦
訴訟代理人弁護士
高田良爾
京都市上京区一条通西洞院東入元清如堂町二五八番地
被告
上京税務署長
池田豊和
指定代理人検事
田中治
主文
被告が、昭和五五年一二月二二日付で原告に対してした原告の昭和五二年分ないし昭和五四年分の所得税更正決定処分のうち、事業所得金額がせ、昭和五二年分について二九九万三五〇五円、昭和五三年分について二五四万〇一七二円、昭和五四年分ついて二九一万〇六一六円をいずれも超える部分を取り消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は一〇分し、その八を原告の、その二を被告の、各負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
被告が、昭和五五年一二月二二日付で原告に対してした、原告の昭和五二年分ないし昭和五四年分(以下本件係争年分という)の所得税更正決定処分(以下本件処分という)のうち、事業所得金額が昭和五二年分について一〇八万円、昭和五三年分について一一四万四〇〇〇円、昭和五四年分について一三九万三〇〇〇円をいずれも超える部分を取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決。
二 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
との判決。
第二当事者の主張
一 本件請求の原因事実
(一) 原告は、肩書住所地で帯の賃織業を営んでいるが、原告の本件係争年分の所得税の確定申告から裁決までの経緯とその内容は、別表1記載のとおりである。
(二) しかし、本件処分には、次の違法がある。
1 被告の部下職員は、原告に対する税務調査の際、調査理由の開示をしなかつた。したがつて、本件税務調査は違法であるから、これに基づく本件処分も違法である。
2 被告は、本件処分をするについて、原告の事業所得金額を過大に認定した。
(三) 結論
原告は、被害に対し、本件処分のうち、昭和五二年分の事業所得金額が一〇八万円を、昭和五三年分のそれが一一四万四〇〇〇円を、昭和五四年分のそれが一三九万三〇〇〇円を、いずれも超える部分の取消しを求める。
二 被告の答弁
(一) 本件請求の原因事実中(一)の事実は、認める。
(二) 同(二)の主張は、争う。
三 被告の主張
(一) 被告の部下職員は、本件係争年分の税務調査のため原告方に臨場して、事業所得金額の計算の基礎となるべき帳簿書類等の提示を求めたところ、原告は、一部事業の概況に関する質問に答えただけで帳簿書類や原始記録を提示しなかつた。
被告は、仕方なく反面調査のうえ推計課税の方法をとつたもので、被告の税務調査には、なんらの違法はない。
(二) 被告の主張する原告の本件係争年分の事業所得金額は、次のとおりである。
年分 主位的主張額(円) 予備的主張額(円) 本件処分額(円)
五二 四一一万七五三五 三四二万五三五二 三六七万三三三二
五三 三五四万七〇三二 二五五万一九二九 三三七万三七九九
五四 四二五万〇八五〇 三三一万〇五二七 三七九万八四六三
(主位的主張)
原告の本件係争年分の事業所得金額の計算根拠は、別表2記載のとおりである。以下に分説する。
<1> 売上金額
別表2の<1>売上金額欄記載のとおり
原告の本件係争年分の売上金額は、いずれも訴外株式会社西陣まいづるに対する売上である。
<3> 一般経費
別表2の<3>一般経費欄記載のとおり
<1>売上金額に、同業者の一般経費率を乗じたものである。
そこで、ここで、同業者の選定について述べる。
原告の事業所がある上京税務署管内で、個人で原告と同種の事業を営む納税者のうち、本件係争年分につき次の(ア)ないし(ク)に掲げる条件のすべてに該当する者を抽出した。その結果、昭和五二年分は四名、昭和五三年分は六名、昭和五四年分は五名の同業者をえた。
該当した同業者の青色決算書に基づき、一般経費率を算出すると、その平均値は、別表3の1ないし3記載のとおりである。ただし、原告は、車両を所持していないため、車両費、車両に関する減価償却費を除外し、同様の理由で税理士報酬を除外した。
(ア) 帯の賃織業を営んでいること。
(イ) 青色申告により確定申告をしていること。
(ウ) 年間を通して事業を継続していること。
(エ) 他の業種を兼業していないこと。
(オ) 所得税について不服申立て、又は、訴訟係属中でないこと。
(カ) 株式会社西陣まいづるの専属出機業者であること。
(キ) 力織機の稼動台数が二台ないし四台の範囲内にあること。
(ク) 収入金額が、昭和五二年分は二八六万円から八五七万円まで昭和五三年分は二五一万円から七五三万円まで、昭和五四年分は三〇一万円から九〇四万円までの範囲内であること(なお、右金額は、別表2の本件係争年分の売上金額の上限及び下限の割合をそれぞれおおむね一五〇パーセントから五〇パーセントの範囲内とした)。
なお、被告は同業者を右の基準に基づき、機械的かつ悉皆的に選定し、更にその同業者の本件係争年分の青色申告決算書を基礎として平均経費率を算出し、右平均経費率を適用して原告の本件係争年分の事業所得を推計したから、その推計には、いずれも合理性がある。
<4> 外注費 <5> 機械賃借料
別表2の特別経費欄記載のとおり
<8> 事業所得金額
別表2の<1>売上金額から<3>一般経費及び特別経費を控除した額である。
(予備的主張)
原告は、本件係争年分中に訴外森川孝子を雇傭していたから、その雇人費を、特別経費として控除する。その算出方法は、別表4記載のとおりである。
昭和五二年分 六九万二〇〇三円
昭和五三年分 九九万五一〇三円
昭和五四年分 九四万〇四二三円
(三) まとめ
本件処分は、被告の主位的主張の事業所得金額の範囲内でされたから適法である。ただし、予備的主張の事業所得金額が認容される場合には、本件処分の一部取消しがあることになる。
四 原告の反論
(一) 別表2の<1>売上金額、<4>外注費、<5>機械賃借料は、いずれも認める。
(二) 一般経費率、雇人費率を争う。
(三) 原告は、九寸の名古屋帯の引箔のつづれ織を織つているところ、本件同業者が引箔を利用している業者であるかどうか不明である。したがつて、本件同業者が原告と類似性があるといえるかどうかを争う。
(四) 被告は、同業者の雇人費率を求めるについて、雇人費零の同業者を含めて平均を出している点で、明らかに誤つている。これを除外したとき、原告の本件係争年分雇人費は、次のとおりになる。
昭和五二年分 〇・一六一% 九二万〇七六三円
昭和五三年分 〇・二三八% 一一九万六一三三円
昭和五四年分 〇・一九五% 一一七万五五二八円
(五) 森川孝子に対する原告の本件係争年分の雇人費は、別表5記載のとおりであり、実額の主張をする。
(六) 原告の妻訴外脇田婦美子は、原告の仕事に従事していたのであるから、本件係争中年分の事業専従者控除額として、いずれも四〇万円が控除されなければならない。
五 被告の反駁
(一) 原告は、森川孝子に対し給与を支払ったとしながら源泉徴収義務を果たしていない。したがつて、このことから、森川孝子に対し、給与の支払がなかつたか、支給していたとしても少額であつたと推測される(所得税法一八五条、別表第四参照)。しかも、森川孝子の夫訴外森川平三郎は、配偶者控除を受けているのである。
(二) 原告は、本件係争年分の確定申告書に、事業専従者控除額の記載をしていない。したがつて、所得税法五七条三項、五項により、事業専従者控除額の適用がないことになる。
(三) 同業者の雇人費率を算出するのは、雇人費の平均率を求めるのであるから、雇人費零の同業者を除外しないことが、平均値算出の方法として正当である。
第三証拠関係
本件記録中の証拠関係目録記載のとおり。
理由
一 原告が、肩書住所地で帯の賃織業を営んでいること、その取引先が株式会社西陣まいづるであること、原告の本件係争年分の所得税の確定申告から裁決までの経緯とその内容が、別表1記載のとおりであること、以上のことは、当事者間に争いがない。
二 原告は、本件税務調査の違法を主張しているが、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、原告の主張事実が認められる証拠はどこにもない。したがつて、原告のこの主張は、採用しない。
三 本件処分の違法性について
(一) 当裁判所が真正に作成されたものと認める甲第四三、四四号証、原告の本人尋問の結果や弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件係争年分中にも、森川孝子を雇い、名古屋帯を織らせて歩合給を支給したことが認められ、この認定に反する乙第一五号証の記載は採用しないし、ほかにこの認定に反する証拠はない。
そこで、当裁判所は、被告の主張のうち予備的主張について判断し、雇人費を特別経費として認めない主位的主張を採用しないこととする。
(二) 別表2の<1>売上金額、<4>外注費、<5>機械賃借料は、いずれも、当事者間に争いがない。
(三) 同業者の一般経費率について
証人藤原和彦の証言によつて成立が認められる乙第一号証、同第二号証の一ないし一六、同第九ないし第一二号証や同証言によると、被告主張の本件同業者の選定基準によつていずれも株式会社西陣まいづると取引のある帯の賃織業者で、台数が、二台から四台までのもののうち原告の売上金額の一五〇パーセントから五〇パーセントの範囲で選ばれたものが、本件同業者であることが認められ、この認定に反する証拠はない。
原告は、引箔だけである(原告の本人尋問の結果による)ところ、原告は、本件同業者が引箔だけの業者であるかどうかを疑問視しているが、前掲乙第二号証の二ないし一六によつて認められる本件同業者の従事員数(本人を含む)と織機台数とを対応させると、その数が互いに一致するし、織機一台当たりの売上金額にも大差がないところから、本件同業者は、引箔を業としているものと推定される。
しかし、被告は、本件同業者の経費中、車両関係の費用と税理士に対する支払い報酬を除外しているが、そのように控除して同業者率を算出する合理的根拠はない。そこで、被告主張の同業者を利用して、一般経費率を算出すると、別表6記載のとおりになる。
(四) 雇人費について
原告は、雇人費を立証するため甲第一ないし第三七号証を提出している。しかし、原告本人尋問の結果によると、甲第二号証以下を作成するために供したカレンダーやメモを逸失していること、したがつて、これらは、原告の記憶に基づいて書かれたものであることが認められるのであるから、甲第二号証以下を採用して直ちに雇人費を認めることは無理である。
そのうえ、成立に争いがない乙第一四号証によると、原告は、審査請求の際、雇人費の実額として次の多額を主張したのである。
昭和五二年分 三一六万五三五〇円
昭和五三年分 二五五万七三六二円
昭和五四年分 三〇五万九七四八円
そして、国税不服審判所は、原告の提出した領収書と主張額とは合致せず、しかも、提出された領収書の中には架空のものがあることを認定した。
そうすると、このことからしても、原告の提出した甲第二号証以下によつて森川孝子に支払われた雇人費をそのまま認めるわけにはいかない。
そこで、当裁判所は、同業者の雇人費率によるのが、もつとも合理的であると考える。ところで、青色申告者が支払う専従者給与も売上げの中に占める労務の対価であることでは雇人費と変わりがないから、当裁判所が真正に作成されたと認める乙第二二号証の一ないし一五に基づき同業者の雇人費と専従者給与額(妻も含む)の合計額によつて、同業者の売上の中に占める人件費の割合を算出することにする。
そして、原告本人尋問の結果によると、原告の妻脇田婦美子も帯の賃織の仕事に従事していたことが認められるから、同業者の人件費のうち、妻に支給された事業専従者給与の平均額を、前記原告の人件費から控除することにする。そうすると、原告の雇人費は、別表6、7記載のとおりになることは、計数上明らかである。
(五) 原告は、妻の事業専従者控除額を主張しているが、これは、確定申告書に記載しないことには、所得税法五七条三項及び五項により認められないところ、原告は、本件係争年分の確定申告書にその記載をしなかつたことを明らかに争わないから自白したものとみなす。
そうすると、この主張は、採用できない。
(六) まとめ
当裁判所の認容額は、別表8記載のとおりであり、この認容額と本件処分とを対比したとき、本件処分の一部は取消しを免れないことに帰着する。
四 むすび
本件処分は、原告の事業所得金額の一部を過大に認定した違法があるから、昭和五二年分について二九九万三五〇五円、昭和五三年分について二五四万〇一七二円、昭和五四年分について二九一万〇六一六円をいずれも超える部分を取り消し、その余の本件請求を棄却することとし、訴訟費用は一〇分し、その八を原告の、その二を被告の各負担としたうえ、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 古崎慶長 判事 小田耕治 判事補 長久保尚善)
別表 1 本件係争年分の課税処分の経緯
<省略>
別表2 原告の事業所得金額
<省略>
別表3の1 同業者の一般経費率表
(昭和52年分)
<省略>
別表3の2 同業者の一般経費率表
(昭和53年分)
<省略>
別表3の3 同業者の一般経費率表
(昭和54年分)
<省略>
別表4 同業者の雇人費率表及び原告の雇人費
<省略>
<省略>
<省略>
(注) 1. 「雇人費等」欄は、給料賃金(乙2号証の2ないし2号証の16の給料賃金)と専従者給与を含めた合計額である。ただし、妻の専従者給与は除く。
2. なお、この表は、乙22号証の1ないし15に基づいて作成したものである。
別表5 原告の本件係争年分に支払つた給与の一覧
<省略>
別表6 裁判所の認める一般経費率・雇人費率
<省略>
別表7 雇人費の算出
<省略>
別表8 裁判所の認容額一覧(単位=円)
<省略>
別表1 原告の本件係争年分の課税経過一覧
<省略>
別表2 被告主張の事業所得金額
<省略>
別表3 原告の本件係争年分の売上原価
<省略>
別表4の1 昭和52年分同業者率一覧表
<省略>
別表4の2 昭和53年分同業者率一覧表
<省略>
別表4の3 昭和54年分同業者率一覧表
<省略>
別表5 特別経費の内訳
<省略>
別表6の1 同業者分析検討表(昭和52年分)
<省略>
〔参考〕 給料欄の・印は従事人を1人前とみているものである。
別表6の2 同業者分析検討表(昭和53年分)
<省略>
〔参考〕 給料欄の・印は従事人を1人前とみているものである。
別表6の3 同業者分析検討表(昭和54年分)
<省略>
〔参考〕 給料欄の・印は従事人を1人前とみているものである。
別表7 裁判所の認容した事業所得金額
<省略>
別表一 1 昭和四八年分
<省略>
2 昭和四九年分
<省略>
3 昭和五〇年分
<省略>
4 本件青色承認取消処分の経過
<省略>
別表二 1 昭和四八年分
<省略>
2 昭和四九年分
<省略>
3 昭和五〇年分
<省略>
別表三 (昭和四八年分くさや材料の仕入金額)
<省略>
別表四 (昭和四八年分食料品・雑貨の仕入金額)
<省略>
別表五 (昭和四九年分くさや材料の仕入金額)
<省略>
別表六 (昭和四九年分食料品・雑貨の仕入金額)
<省略>
別表七 (昭和五〇年分くさや材料の仕入金額)
<省略>
別表八 (昭和五〇年分食料品・雑貨の仕入金額)
<省略>
別表九 1 (昭和四八年分くさやの同業者比率)
<省略>
(注・差益率については小数点第三位以下切捨て。一般経費率については同切上げ。以下別表一〇3まで同じ。)
2 (昭和四九年分くさやの同業者比率)
<省略>
3 (昭和五〇年分くさやの同業者比率)
<省略>
別表一〇 1 (昭和四八年分食料品・雑貨の同業者比率)
<省略>
2 (昭和四九年分食料品・雑貨の同業者比率)
<省略>
3 (昭和五〇年分食料品・雑貨の同業者比率)
<省略>
別表一一 1 昭和四八年分
<省略>
右<6>の加算税の基礎となる税額の算定根拠は、右<5>の納付すべき税額から、左記イの金額と国税通則法六五条二項にいう「正当な理由」に当たるとして認めた左記ロ及びハとの金額との合計額に係る税額四万五〇〇〇円を差し引いた税額(国税通則法二八条一項の規定による一〇〇〇円未満の端数金額切り捨て)である。
記
イ 申告所得金額 五八七、九九〇円
ロ 専従者給与 一五七、五〇〇円
ハ 青色申告控除額 一〇〇、〇〇〇円
合計 八四五、四九〇円
2 昭和四九年分
<省略>
右<6>の加算税の基礎となる税額の算定根拠は、右<5>の納付すべき税額から、左記イの金額と国税通則法六五条二項にいう「正当な理由」に当たるとして認めた左記ロ及びハとの金額との合計額に係る税額一八万五〇〇〇円を差し引いた税額(国税通則法二八条一項の規定による一〇〇〇円未満の端数金額切り捨て)である。
記
イ 申告所得金額 一、一七三、〇〇〇円
ロ 専従者給与 八三〇、〇〇〇円
ハ 青色申告控除額 一〇〇、〇〇〇円
合計 二、一〇三、〇〇〇円